斉藤和義とマツコデラックスに共通点!喜びの唄PVに出演?

マツコデラックスがまだ売れる前にシンガーソングライターである斉藤和義さんのPVに出演いていたらしいですね!!2014年11月のライブツアーで。斉藤和義さんご本人も言っていたそうですので確実!!

今はテレビで見ない日はないほどの人気ぶりであるマツコデラックス。

その噂のPVとは斉藤和義さんの12年ほど前のシングルで「喜びの唄」という曲のもの。

そのときのマツコデラックスです。

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さすが、貫禄があります。

しかし、マツコデラックスも斎藤和義さんも、12年前となると正直今ほどは売れていなかった頃ですよね。

そのときにこうして一緒に仕事をされて、今ではお互いが超売れっ子になっているなんて、なんだか素晴らしい縁のような気がします!!

◾️シンガーソングライターの斎藤和義さんは1993年には既にデビューしていた!

遅咲きの斉藤和義さんですが、生まれは1966年6月22日。

出身は、わたしの地元でもあります(自慢)栃木県になります。

栃木県でも有名な私立のマンモス校である作新学振高等学校を卒業し、大学は山梨学院大学へ。

しかし中退してしまい、21歳のときに友人から「音楽を一緒にやろう」と誘われたのがきっかけで東京に上京してきたようです。

1992年にオーディション番組『星期六我家的電視・三宅裕司の天下御免ね!』へ出演(5週勝ち抜き)して1993年に「僕の見たビートルズはTVの中」という曲でデビューを果たします。

斉藤和義さんの特徴でもある、アコースティック・ギターとハーモニカでの弾き語りというスタイルについて、当時はフォークミュージックととらえられがちで、それを本人は「アコギでロックをやってるんだ!」という思いが強く、そのギャップに戸惑ったそうです。

こだわりが強くて周りとの考えのギャップに悩むというのはアーティストの方だとよくありがちですよね。
とても苦労されたのだとご察しします。

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1994年には今でも有名な名曲、「歩いて帰ろう」がフジテレビ系子供番組『ポンキッキーズ』で使われたそうです。

みなさんがよく知っている名曲「歌うたいのバラッド」も1997年にリリースしたものだというのが驚きです。

それからシングルをだしては大きく目立つことはありませんでしたが、2010年ずっと好きだった、2011年にやさしくなりたいで大きく有名になりましたね!

この年の2012年に、斎藤勝儀さんはデビュー20年にして初めてNHKの紅白歌合戦に出場したそうです。

このときのことはよく覚えていまして、コメントで「今年はガキ使がみれないなと思って」とおっしゃっていました。

斉藤和義さんはご結婚を1995年に一般女性とされていて、結婚後から15年目にしてお一人目のお子さんを授かっています。

15年も夫婦だけでの生活をされていたんですね。

そしてようやくお子さんを授かったのが2010年だとすると、お子さんが2歳になって初めての紅白への出場ですから・・・。

なんだか、とってもとってもすごいことだと思いませんか!?

渋くて、惚れ惚れしてしまいます。

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◾️今ではお茶の間の人気タレント!マツコデラックス

最近はよくメディアで、マツコデラックスをテレビで見ない日はないくらいのレギュラー番組の多さが取り上げられていますよね。

毒舌キャラと言われていますが、そこにはただの毒舌なだけではなく「優しさ」があるとか・・・。

そして、今の日本には数少ない「理想のお母さんキャラ」だとも言われていて、親しまれています。

マツコデラックスがテレビでコメントするときは、絶対に嘘を言わないそうです。

まずいものはまずいとは言ったらかわいそうだから言わない、だけど「わたしは好きじゃないけど、これ、好きな人はすっごく好きな味よ?」と気遣ったコメントができるのも魅力だとか。

ただ頭ごなしに人をけなしたりすることもしませんよね?

愛を感じる厳しいコメントに救われるタレントさんも多いのではないでしょうか?

共に遅咲きの人気ぶりの斉藤和義さんと、マツコデラックス!!
今後の活躍も期待しています!!

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