薮田和樹の中学と高校は?年俸を暴露!母の感動エピソード公開!

薮田和樹さんといえば・・・

広島東洋カープに所属するプロ野球投手として注目されていますね!

 

大学を卒業し、すぐに2014年のドラフト会議で

広島東洋カープから2位指名を受けプロ入りしています!

 

そんな薮田選手がいよいよ2軍から1軍にあがってきそうな予感がしているというニュースを入手しました!

そんな絶好調の薮田選手に密着したいと思います!

 

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薮田選手の経歴と中学・高校について!

 

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広島東洋カープ 背番号23
出身地 広島県広島市
生年月日 1992年8月7日(22歳)
身長
体重 188 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2014年 ドラフト2巡目

 

薮田選手は、中学のときは中学の野球部ではなくシニア出身で活躍していたそうです。

チームは広島安芸リトルシニアだったそうですが、プロの野球選手には意外とシニア出身者が多いようですね。

 

高校は、岡山理科大学附属高校に通っていて、1学年上の九里亜蓮に続く有望な投手と目されて注目を浴びていたそうですから、さすがシニアで鍛えただけの腕前がありますね!

 

しかしとても残念なのが、3年の時に右肘を疲労骨折してしまいとても悔しい思いをしたそうです。

当然大会でも成績を残せないまま、高校を卒業・・・。

 

大学では、亜細亜大学で野球を続けたものの

やはり右肘の骨折が再発し

3年になってようやく東都リーグ戦への

登板を果たしたそうです。

 

しかし4年時にまた右肩を痛めてしまい

リーグ戦に復帰できないまま

大学野球生活が終わってしまったようで

本人としてはとても悔しい学生生活だったことでしょう。

 

スポーツの世界は本当に怪我1つで人生が大きく左右されてしまいますからね・・・。

 

しかし、その後メキメキと回復し、成果を果たすことができたおかげで、なんと2014年に念願のプロ野球の広島東洋カープから2位指名を受け、プロ入りを果たすことができました!

 

悔しい思いをたくさんしたぶん、神様は努力をし続けた薮田選手を見捨てなかったんですね。

 

本当によかったです!!

 

そんな薮田くんの年俸は、

契約金7000万円、年俸1000万円!!

 

とても高額すぎて驚きですが、さすがはプロ野球界だなーと感じますよね。

 

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じつは幼少期お金に苦労をした家庭環境

 

薮田くんには、涙腺崩壊してしまうほどの感動エピソードがあります。

番組で前に紹介されたエピソードなんですが、まじで涙腺崩壊します。

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エピソード

じつは、1歳のときに父親の顔も知らないまま、

両親が離婚し、母親が女手一つで薮田くんとお兄さんを育てたようです。

 

当時の母子家庭はとても金銭的援助も少なく大変だったようで、

母親は朝から夜まで働いていたそうです。

 

それでも兄弟2人をしっかりと学校に通わせ

薮田くんの大好きな野球を続けさせて、

土日はしっかりと野球の応援にきてくれたようで

当時はそれだけでもとても有難く思った薮田くんは

家のご飯や家事くらいは自分たちでやろうと

兄と協力をして生活していたそうです。

 

 

そんな中、自分たちでかつおぶしご飯などを作って食べていたそうで、野球の練習もあるしバイトだってできない厳しい環境だったと思います。

 

それを思うと、部活が終わって両親が当たり前に家にいて、

ご飯とお風呂、そして洗濯もやってもらえるって、

かなり有難い環境ですよね。

 

それでもプロ野球選手を本気で目指していたそうですが

母親は薮田くんが名門の私立高校に通ったことで

遠征費などを稼ぐためにもさらに仕事を増やし

タクシーの運転手を深夜から朝まで掛け持ちをしたそうです。

 

一体いつ寝ていたのか?

自分が子供だとしても本当に心配でなりません。

 

しかしいくら明るく、その頑張りを「辛い」などと一言も言わない母親も、

ついにはタクシーの運転中に事故を起こしてしまったそうで

仕事を退職し、ついには借金をするようになったそうです。

 

借金をしなくても、もし子供達が普通の公立に行っていたら?

バイトをしてくれていたら?

家庭はなんとかなったかもしれません。

 

それでもそんなことは一言も言わず、借金を重ね、

そしてストレスで髪の毛も抜け、

しまいには心身症を患い、視力まで低下してしまったそうです。

 

それでもカツラをかぶり、

マウンドが見えなくても応援にきてくれたそうです。

 

なんたる母の愛!!!!!泣

 

しかし、共にそんな母親をみてきた兄から、

「もう大学へはいかないでほしい」と言われ、夢を諦めるか悩んだそうです。

 

それでも野球の才能を知っていた恩師は亜細亜大学へ奨学金でと勧めたようで、

悩んだ薮田くんは一か八か!落ちたら野球をやめるつもりで、

大学入試の論文に、「我流こそ人生」と書いたそうです。

我流こそ人生・・・なんだか鳥肌がたちませんか?

 

もちろん合格を果たし、運命は動き出し、そして夢のプロ入りを果たして

ほんとうに、母親を幸せでいっぱいにした薮田選手!!

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こりゃーもう泣いてしまいますね。

ずっと愛情でいっぱい支えてきた母親への一番のプレゼントですね。

ほんとの意味での親孝行ってこういうことをいうのかなって思います!

 

このエピソードを知って、今回1軍の練習に参加したと聞いて

かなり嬉しくなりました!応援します!

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