火垂るの墓の都市伝説が衝撃!節子の話は実話?原作の真実が辛い!

輝かしい太陽に、なんだか楽しい気分の暑い夏に、

毎年ちょっと似合わない?とても切ないジブリ作品の映画がよく放送されますね。

 

その名も「火垂るの墓」です。

 

ジブリの都市伝説として、

今回は火垂るの墓の真実について触れたいと思います。

 

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火垂るの墓の都市伝説は?

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火垂るの墓の原作は、野坂昭如の短編小説がもとになっていますが、

これは野坂さん自身の戦争原体験がいくつかそのまま実話で書かれたとのこと!

 

戦争って、日本で本当におきた絶対に忘れていはいけない歴史ですし…。

それを思うと「火垂るの墓」を子供から大人が見るジブリ作品で作ったことは、

ある意味とてもすごいことだと感じました。

 

舞台は、1945年(昭和20年)6月5日の

神戸大空襲におきた実体験を書いたもののようですね!

 

戦争で親を亡くした14歳の兄と4歳の妹が

終戦後の大変な生活を、必死で生き抜こうとする作品ですが

最後にはとても悲しいことに4歳の妹は亡くなってしまいますよね。

 

わたしはこの作品を見て、いつも思うことが・・

「この親戚のおばさん、実子と節子たちに意地悪だ!」

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そのようにいつも忌々しくおもうのですが、

終戦の誰もが食糧が少なく大変だった時代なので、

本当に一緒に住ませてくれるだけで、

とてもありがたいくらいの世の中だったのかもしれませんよね。

 

そんな火垂るの墓の都市伝説として、

実は実話だったことと、原作と実話の違いに触れていきたいと思います。

 

本当の原作者の妹は

「1歳6か月でまだ話せない」

 

物語の節子は、たどたどしい日本語ですが「あんちゃん」と言って、

兄に甘えたり、ときにわがままや我慢もしたりする、

とても愛らしくも、しっかりと会話もできる妹ですが、

実際の妹はまだ話せなかったそうです。

 

亡くなった妹の骨を

飴ドロップ缶に入れたのは本当

 

筆者は、火垂るの墓を見てから一時期ドロップ缶にはまった時期があり、

つねに持ち歩いていた小学生時代がありますが、

ドロップってほんとに最後のほうは飴同士がくっついて、

缶を振っても音がしなくなるんですよね。

 

火垂るの墓では、このドロップを兄の清太が妹の節子にはじめのころおやつとして与えているシーンがあります。

 

そのため、いつのまにかシンボルのような形でドロップ飴が登場してきましたが、

これはすべて実話だったようです。

亡骸のシーンはとても切なく、涙なしでは見られません。

 

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都市伝説実話その2

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本当は・・・

妹にあまり食糧を与えられなかった。

夜泣きをすると叩いてしまった

 

原作者さんは、戦後の辛さと

自身もまだ14歳の子供だったがために、

実際は食糧はほとんど自分のほうが多く食べて、

まだ1歳の妹にはわずかにしか食糧を与える余裕がなかったとのことです。

 

そして夜泣きは1歳ではよくある話ですが、まだ14歳の少年には受け止められず

自分の感情もわからなくなってしまったのでしょうね。

 

恐ろしい出来事ですが

本当はもっと余裕のある時代だったら何か変わっていたはずです。

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節子は栄養失調で亡くなりました。

しかし、化学物質によって栄養素の欠乏を引き起こしたとも言われている

 

これはのちにファンが考えた都市伝説なのかもしれませんが、

映像中に何度か節子が目をこするシーンから

黒い雨が目に入り、そのような化学物質が

引き起こしたとも都市伝説としてあるようです。

 

「何かのせい」だと思えば、原作者の胸の痛みもとれるでしょうが、

やはり辛いものがたりですよね。

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いかがだったでしょうか。

実際は原作者が、その後悔と懺悔の気持ちで作った作品だったんですね。

 

あの時代を経験した人にしかわからない、とても辛いお気持ちだったのでしょう。

 

火垂るの墓は金曜ロードショーで放送されます。

そんなところを思いながら見ていくと、きっと違う見方ができるかもしれません。

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